【サメ活記録 ~夢プレゼン2 (PART1)~】

皆様、大変お久しぶりです!

自分のPCが完全に壊れてしまい、新しいPCを買うまでブログを休止しておりました。
(iPhoneからだとどうも書きにくいので ^-^;)

きちんとサメ活は行っておりますので、
引き続きご愛読を宜しくお願い致します!

さて、結構前(9月27日)ですが、以前も参加した、Alazi Dream Projectさん主催の夢プレゼン交流会で再び登壇しました。

今回は用事の合間を縫ってわざわざ友達が来てくれていたので前回以上のプレッシャーがありましたが、無事終えることができました。

今回は、そのプレゼンで発表した内容を補足付きでまとめます。

テーマはズバリ「サメ好きに見る自然保護の道」です。

 

現在僕が自称サメ社会学者として研究している環境倫理分野の核の部分なので、今後さらに洗練させていく予定です。

 

【自然保護の思想2タイプ】
「なぜ自然を守るのか?」 そもそもの理由を考えたことがあるでしょうか。

自然保護の思想には、大きく分けて二つの思想があります。

「保全」と「保存」と言われるものです。

保全(Preservation)は、人間中心主義という言葉とよくイコールにされます。一言でいえば、自然を人間のために保護しなければならないという考え方です。本来は宗教的義務から神の使いとして自然を保護するという精神も含まれるはずですが、もっぱら保全は資源としての自然保護を意味することが多いです。

保全と対立する概念としてよく語られるのが保存(Conservation)です。端的に言えば、人間のために役立つかどうかに関係なく自然はそれそのものが持つ価値によって保護されるべきだと主張する考えです。ディープ・エコロジーが代表的ですが、動物実験に反対するアニマル・ライト運動もこの保存に分類されます。

 

【保全の問題点】
保全の問題点として僕があげるのは2点です。一つは「外部性」の問題、もう一つはグローバル化の問題です。いずれも、共同体の空洞化、巨大システムへの過剰依存が根本的な原因です。

順番に説明します。共同体が空洞化して経済というシステムに過剰に依存すると、保全の考え方では、自然≒経済資源となります。そこでは当然、外部性の問題が浮上します。外部性については経済や環境学(Environmental Studies)で勉強した方も多いかもしれません。要は、市場経済に組み込まれていない資源に対しては保護のインセンティブが働かないため、特定の資源が保護されないのです。よく言われる例は空気です。僕たちは空気を吸うことにいちいちお金を払いません。誰も呼吸をビジネスにしていないので、保護するインセンティブが働かず、いちいち規制をしないと、生命活動に大切なものであるにもかかわらず汚染され続けるのです。

また、仮に保護されるとしても、そこで考慮されるのはあくまで金額という数値のみです。

サメを例に単純化して話せば、サメを保護するインセンティブは、サメが安定的に手に入ることによるフカヒレや魚肉、その他製品による利益―サメによる害獣被害―保護にかかる経費=+1以上の際にのみ働くことになります。生態系における高次捕食者の重要性に対する考慮がない時点で既に問題ですが、なにより、自然をシステム化された数値だけで捉えようとする考え方は、海に何億ドルか適当に投げ込めば死滅した自然がよみがえるというような誤った感覚を人々に与えかねません。

もう一つの問題点は、グローバル化によって、地域資源を守るインセンティブが経済主体に働きにくくなったという事実です。グローバル化によって人・モノ・金の移動が自由になると、特定地域にとどまって地域社会に貢献することが不合理になります。力のある企業がより安い労働力、より低い税金、より多い資源に流れていくのです。これを環境資源に当てはめると、地域の環境を保護しながら利用することが非合理になるので、経済主体はイナゴのようにその場所の資源を食い尽くし、次の国に移動して同じことを繰り返すのです。

これについては実例があります。鹿児島大学水産学部の佐野雅昭教授によれば(2015)、日本ではシラスウナギ(ウナギの稚魚)を養殖用に大量に漁獲し資源が激減した結果、台湾や香港から輸入し、その次はフランスをはじめとするヨーロッパ、北米、さらに東南アジアと、資源量を危機的状況に次々に追い込んでいます(p12-P14)。

共同体とのつながりをなくし、ただ単に「人間の役に立つから」という理由だけで自然を保護するのは無理があるように僕は思います。

補足を付け加えて文章にすると長くなりそうなので、今回はいったんここで切ります。

大切な主張なので、「長い・・」の一言で片づけられたくありません(笑)。

直接聞きたい人は個人的に私に連絡をください!

また、「なぜ共同体が空洞化しているといえるのか」という前提の説明が書けている部分については、今後機会を作って答えていこうと思います。

PART2につづく

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参考文献

佐野雅昭 『日本人が知らない漁業の大問題』

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