【サメ活記録 ~夢プレゼン2 (PART3)~】

さてさて、散々引っ張り他人の考え方の問題点だけあげて、
「じゃあどうすればいいのだ」と聞かれれば、僕は下記のように答えます。

まだ模索中の解決策なのでどうかお手柔らかに読んでいただきたいです・・・。

結論から申し上げると、すでに答えに近いものを書いてきましたが、「共同体による自然との文化的・経済的つながりを大切にする営み」が、環境保護には必要だというのが僕の考えです。いい呼び方がまだ見つからないので、ここでは仮に「共同体自然保護」と呼びます。

詳細を説明します。経済資源としてだけでなく、文化的なつながり、例えば入れ替え不可能な故郷の風景として、心安らぐ場所として、伝統的な価値観や歴史の根付く生活空間としても自然を大切にするというのが僕の考える「共同体自然保護」です。最初の記事で書いた問い、「なぜ自然を保護するのか?」という疑問に答えるのであれば、「我々の生活空間であり、経済だけでなく文化的な生活の上でも大切なものであるから、自然を保護するのは当然である」が、自然を保護する理由になります。

保全、保存でいえば少々保存寄りですが、共同体単位で人々がコミットメントをすることで、グローバル化の悪影響から資源を守り、目的を欠いた経済一辺倒よりも共同体の暮らしを重視することにその違いを見出せます。

僕は今年、沖縄サメ合宿に参加し、普通に周りに人々が生活する街を流れる川に、オオメジロザメが泳いでくるのを見ました。この例で言えば、貴重な生き物を保護するという目的だけでなく、そこでサメを釣る子供たちの体験、サメを見て喜ぶ僕らの体験も守るという意味で保護することが、「共同体自然保護」です。

 


(沖縄サメ合宿で撮影したオオメジロザメ)

共同体を自然保護の基盤とするのには理由があります。

それは、自然を生活空間としてダイレクトに関わる人々が、一番自然について理解があり、自然と人間とのつながりを考えるうえで間違いなく重要な役割を果たすからです。

昔ながらの共同体とは少し違うかもしれませんが、サメ好き仲間と一緒にいると実感します。サメにそこまで関心のない方の中では僕はサメ分野の第一人者気取りでいられますが、漁師さんや実際にサメを相手にずっと活動している人に会えば形無しです。釣る人、剥製作る人、料理を作る人・・・。直接動物と関わっている人の知識、技術は下手な研究者を凌駕しています。

 


(アオザメの顎の剥製とサメカレー。剥製は市販のものですが、顎や歯にかなり詳しい人に出来のいいものを選んでいただきました)

文化や伝統の保護という意味でもこうした方々の存在は重要ですが、自然を保護するのに、自然をよく知っている人々を巻き込まずにやろうというのは馬鹿げています。英語を使えない人が英語を人に教えるようなものです。

この考え方は、都市部の生活を否定するものではありません。原住民のように暮らそうというわけではなく、技術も使って生活も発展させて経済も回していいけど、基盤となる生活空間を大事にしようね、という話です。生活空間として地域共同体が自然を守る。都市部の人々はその恩恵を受ける代わりに正当な対価と敬意を払う。無論、都市部の人が「生活空間」としての自然を忘れないよう、時々自然とダイレクトに触れ合う体験をしたり、地域と都市部をつなぐ存在(例えば魚の知識が豊富な魚屋さん)が求められることでしょう。人も社会も大きな自然の中に生きているということを忘れない、その自然とそこに触れ合う人々あってこその生活だと自覚すること。それが環境問題そのものの解決につながると思います。

上記が、今の時点で僕が考えている自然保護思想の理想です。

しかし、この「共同体自然保護」にも実行するには問題点があります。

その懸念と解決策について、次回の記事で書いて、今回のシリーズは締めようと思います。

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