芸能人とかアーティストや生き物屋が政治発言するのはダメなのか?

おはヨシキリザメ!サメ社会学者Rickyです!

Twitterなどで「政治批判する人を非難する」という光景を見ることがあります。

例えば、いわゆるアベノマスクを風刺する絵を投稿した漫画家さんに「そんな人だなんて思わなかった」とかコメントする人たちです。批判される対象は漫画家のようなアーティストの場合もあれば芸能人であったり、僕のような生き物関係の発信家の時もあります。

こうした批判の特徴としては「政治について発信したこと」自体が批判されているということです。某ラ●ール石井氏の芸能人逮捕の陰謀論は内容がばかげているから炎上しましたが、そうした「内容に関する批判」ではないということです。

ラ●ール石井氏の陰謀論についてはコチラ↓

 

 

では、そうした政治的な発言はしてはダメなんでしょうか。

僕の結論を先に述べると「ダメなわけねーだろ」ということになります。

今回はその理由について生き物について発信する人間の視点を交えながらお話してきます。

目次:
【政治は目標達成に関わる】
【直接関係なくても口出すよ】
【生き物好きとしてどんな政治を望む?】

 

【政治は目標達成に関わる】
どの分野で活動する方でも政治に言及する資格はあります。何故なら、その人の活動の成功に政治は多かれ少なかれ関わってくるからです。

例えば僕は「海の生物資源を守り持続的に利用していくこと」を良しとする考えをもっています。上記のことが実行されるためには、水産資源の乱獲を防ぐための規制がカギになるのは言うまでもありません。そして、その規制は漁業法改正で変わることがあります。法律は明確に政治の分野ですね。

そうした法改正が海を守る方向に進むようにするには一般消費者にも理解を深めてもらう必要があります。魚は無尽蔵に自動でスーパーに並ぶものだと勘違いしてもらっては困りますからね。そうなると生態系のことを勉強してもらい、魚が野生動物であることを体験学習などで実際に経験を通じて理解してもらった方が都合がいいです。ああ、”コモンズの悲劇”のような専門用語も多少覚えてもらいましょう。

この辺は僕がブロガーやYouTuberとして情報発信して良くしていくのもいいですが、パワー不足で時間がかかります。しかも大人は一度頭が固まるとなかなか考えを変えてくれません。なので学校教育を改善しましょう。子供たちが環境のことを学ぶカリキュラムをどんどん増やし、外部講師を呼びやすい制度にすればいい(だって学校の先生は多分教えられないし学ぶには忙しすぎる!)。はい、ここで教育を変える必要が出てきました。文部科学省は省庁ですが、これも政治の領域です。

このように、ちょっと考えるだけでも政治がかかわってきそうですね。

僕たちの活動や生活には政治が絡んできます。政府がこんな対応をすれば理想の実現に近づく、この制度が邪魔で自分がいる業界が活性化しないなどなど・・・。そうした問題について誰しも意見をする資格はあると思います。

 

 

【直接関係なくても口出すよ】
上記は活動に直接関係があるような例でした。海を守ることと資源管理や環境教育は密接なつながっています。

では、つながりのない分野には口を出すべきではないのか。例えば、芸能人やアーティストは表現の自由とか外出自粛要請には口出していいけど、桜を見る会には何も言ってはいけないのか。

これも僕は間違いだと思います。別に誰が何に対して意見を言ってもいい。内容の誤りを指摘されたり中身について批判をされたりすることはあっても、発現行為そのものを批判されるいわれはないです。

なぜか?

一般的な理由としては以下のようなものが考えられます。

「納税している一人の国民だから」
「選挙で代表を選んでいるから」

これで片づけてもいいですが、僕なりにもう少し踏み込んでみます。端的に言えば「部分の代表として自分に都合のいい社会になってほしいと発言することくらい許せ」という主張です。

小学校の社会科や公民、政治経済の教科書では恐らく「国会は国民の代表」として教えられると思います。国民の選挙で選ばれた国会議員たちが話し合って日本のあれこれを決定していく、いわゆる間接民主制についての話です。

ですが、実際には国会議員(というよりもそれを縛る政党)は国民の代表ではありません。部分の代表です

日本だと分かりづらいかもしれませんが、米国だとはっきりしています。民主党と共和党では支持する層も政策も異なります。全体の代表として振舞ってはいません。そもそも予算が限られているうえに国民の価値観や経済状況は多様ですから全体の代表なんて無理です。

余談ですが、僕が米国オレゴン州のポートランド滞在中に「オバマ対ロムニー」の大統領選挙が行われましたが、Facebookで政治の議論が飛び交い、しかも全員オバマ派とはっきりしていたのが非常に印象的でした。

話を戻します。政党が部分の代表である以上、僕らは自分が「社会のどの部分か」を把握して、その「部分」に都合よく政治を回してくれる人や政党を支持する方が良い。

そうなると「芸能人だから」とか「ほかの分野の人だから」という理由で政治について意見するのを封じられると困るわけです。家計簿つけているおばちゃんが消費税増税に反対するのが許されるように、僕たちも言いたいことを言っていいはずです。

 

【生き物好きとしてどんな政治を望む?】
では、「生き物好き」という部分としてどんな政治を僕は望むか。

始めに言いますが、この場で特定の政党を支持するつもりは一切ありません。ただ一つ言えることは「国民の利益を考えつつも他国と協力して諸問題に取り組み戦争を極力避ける政治」がいいですね。

「優等生のテンプレ回答かよ」と思うかもしれませんが、一応ちゃんと理由があります。3つに分けて説明します。

まず僕は日本国に住んでいてしばらくはここに住む予定なのでこの国を良くしてほしいとは思っています。そして僕は現在労働者なので、サラリーマン寄りな政策を打ち出してくれるとありがたいです。

次に、僕が関心がある水産資源管理や絶滅危惧種の保護などの取り組みは他国との協調がなければうまくいきません。国境も海域も人間が勝手に引いた線なので回遊性の動物は関係なく行き来するし、グローバルな現代では絶滅危惧種を守るにも他国との協力が必要だからです。環境NGOや他国の圧力に全て屈しろとは言いませんが、国際交渉の場でうまく立ち回れる国の代表が理想です。

最後に、個人的な趣味にしろ研究にしろ生物関連の活動というのは平和が保たれているからこそできると言えます。道徳とか世界平和とか高尚なことを言いだす以前に戦争が起きたら水族館も楽しめないしダイビングも気軽に行けないので大迷惑なわけです。

『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』という非常に面白い本の著者である川上和人氏は著書の中でこのように言っています。

“恐竜化石は実利的にはなんの役にも立たない。世界恐慌や第二次世界大戦の時代に、恐竜学が停止したのは、その証拠である。恐竜学は、生活に余裕がないと発展できない、平和のバロメータのような分野なのだ(p43~44)”

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サメの肝油が戦車や戦闘機の潤滑油に使われたことがあるので第三次大戦が起きればサメにはスポットライトがまた当たるかもしれませんが、過剰なサメの利用を慎みたい僕としてはお断りです。「生きるか死ぬかの争いなのに資源管理なんて知るか!」とか言われるのがオチですからね。

 

 

以上、「政治について誰が発言してもいいじゃん!」という主張および「こんな政治が望ましいのかな」という政治的発言でした。

政治だけではないですが、何かを議論するときは冷静で建設的な議論ができると良いですね。

引き続きよろしくお願いいたします。

 

 

 

【Writer Profile】

サメ社会学者Ricky

1992年東京都葛飾区生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。アメリカ合衆国ポートランド州立大学へ留学。

社会人として働きながら、サメの生態や環境問題などについて情報発信。主な発信分野はサメの生態、水産業、動物倫理、進化生物学など。

本HP『World of Sharks』での運営のほか、Youtube動画配信、トーク・プレゼンイベント登壇、水族館ボランティアなどで活動。

メールでのお問い合わせ、質問などはコチラ!
shark.sociology.ricky@gmail.com

 

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