三毛別羆事件を解説!日本史上最悪と言われた獣害事件から何を学ぶのか?【ヒグマ】【危険生物】

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おはヨシキリザメ!サメ社会学者Rickyです!

以前に米国ニュージャージー、そして日本の愛媛県で起きたサメによる襲撃事件を取り上げましたが、今回は僕たちにより近い存在である、陸上動物によって起きた恐ろしい獣害事件を紹介します。

今回取り上げるのが、三毛別羆事件です。

大正時代に起きたこの事件では、たった一頭の羆によって、7名が死亡、3名が重傷を負い、一つの村がほとんど壊滅に追い込まれました。

近年、許可のない餌付けをはじめ、野生動物との距離感を間違える人が問題になっており、つい先日も国立公園での餌付けに対して罰金を科す法律がニュースになりました。

これを機に野生動物の恐ろしい側面に目を向ておくのもいいかなと思います。

 

今回は日本史上最悪と言われた獣害事件、三毛別羆事件を解説していきますので、よろしくお願い致します。

 

 

 

【事件の概要】

事件の舞台となったのは北海道の三毛別という場所で、ここには余所の土地からやってきた開拓民の人々が住んでいました。

11月初旬 池田家

十一月の初旬、三毛別の六線沢村に住んでいる池田さんの家で、軒下に出していたトウモロコシが食べられるという事件が発生します。現場には見たこともないほど大きなヒグマの足跡が残っていました。

ただ、この時は夜に馬が暴れたりはしたものの、人が襲われたわけではありませんでした。

そもそも開拓民の彼らも、周辺に羆が生息していることはもちろん知っていたので、残された足跡の大きさに驚きはしたものの、その時点では差し迫った危機だとは思っていなかったようです。

結局この時に呼ばれたマタギは吹雪の影響もあって熊を撃ち損じてしまいました。しかし、手負いになったクマはそれ以降暫く姿を見せなくなったので、マタギたちは帰っていきました。

12月9日 太田家

最初の犠牲者が出たのは12月9日、太田三郎さんの家で事件は起きました。

この日、三郎さんと寄宿人として一緒に生活していた長松要吉さんは山で作業するために出かけており、家には三郎さんの内縁の妻であるマユさん、そして太田家で預かっている蓮見幹雄くんが留守番をしていました。

昼休憩のために長松さんが家に戻ると、太田家の中は静まり返っており、囲炉裏の前に幹雄くんが前屈みに座ってじっとしていました。

長松さんは声をかけましたが幹雄くんは全く反応しません。そこで幹雄くんの肩を揺すりながら顔を見ると、顔の下は血で真っ赤に染まっており、喉の一部は鋭くえぐられ、側頭部には穴が開いていました。そして、マユさんの姿はどこにもありませんでした。

布団などが血塗れになっており、破られた窓にはマユさんのものと思しき髪の毛が絡みついていました。大きなクマの足跡が血痕と共に林に続いていることから、マユさんが連れ去られたのは明らかでした。

ちなみに、12月になればヒグマは冬眠をしているはずですが、冬眠をしない、あるいは時期がずれるヒグマというのが稀にいます。これは現代でも確認される現象で、冬にもかかわらず餌が豊富な場合などに起こるとされています。今回の羆は、あまりにも体が大きすぎるため冬眠用の穴を見つけられなかった個体、いわゆる「穴もたず」であったと言われています。

 

12月10日 巨大羆と遭遇

三毛別の12月は、15時になる頃には暗くなるそうで、村人たちは翌朝になるのを待ってから、マユさんを取り返してクマを討ち取るべく山に向かいます。

銃を持ったマタギ5人を含む村人20人ほどがクマの足跡を追って山に入りました。すると、トドマツの木の下で、彼らは巨大なクマに遭遇します。

後からわかったことですが、クマの体長は2.7m、体重340kg、立ち上がると3mを超えていました。エゾヒグマの中でも最大クラスの巨体です。

マタギたちは銃を発砲しますが、なんと普段の手入れを怠っていた彼らの銃はほとんどが不発で、唯一出た一発の弾も、見当違いの場所に飛んで行きます。

銃声が合図になったようにクマは彼らに向かっていきますが、この時何故かクマは途中で山に向かっていき、パニック状態で逃げ出した村人たちは奇跡的に全員生還しました。

クマと遭遇した時に絶対にやってはいけないこととして、背を向けて逃げることがよく言われます。そしてヒグマは時速60㎞で走れるとされているので、正直何で逃げおおせたのかはっきりは分かりません。もしかしたら、急に現れて大きな音を出した村人を威嚇したかっただけで、この時は本気で襲うつもりはなかったのかもしれません。

逃げ帰った彼らは再度山に入り、クマが飛び出してきたトドマツの辺りで、マユさんの“一部”を発見します。体はほとんど食い尽くされ、残っていたには両足の膝から下、頭髪が剥がれた頭蓋骨だけだったそうです。

この時村人たちは、葬儀を行うために、マユさんの遺体を太田家に持ち帰ります。

そしてこの行いが、更なる悲劇を招くことになります。

 

12月10日 明景家の惨劇

同じ日の夜、太田家では幹雄くんとマユさんの通夜が開かれていました。すると突然凄まじい衝撃音と共に家の壁がぶち破られます。

クマがマユさんの遺体を奪い返しにやってきたんです。

この時その場にいた全員がパニックに陥りますが、大声を上げたり石油缶を叩き続けたりと大騒ぎになったためか、クマは去っていきました。

しかし、程なくして太田家から数百メートルほど離れた明景家の方から激しい物音と叫び声が響きます。慌てて彼らは明景家に向かいますが、家の中は真っ暗になっており、暗闇の中からうめき声と、骨を噛み砕く音、そして咀嚼音が響いていました。

今まさに、村の仲間が喰われている最中でした。

この時駆けつけたうちの一人が銃を空に向かって打ったところ、クマは勢いよく飛び出して逃げていったそうです。

家の中の光景は、まさに地獄絵図と呼ぶにふさわしいものでした。雑穀の中に隠れていて奇跡的に無傷で生還した少年が、その壮絶な場面を目撃していました。

明景家には明景ヤヨさんとのその子供たち、そして避難してきた斉藤タケさんや第一の事件の発見者である長松さんらを含む、合計10人ほどが集まっていました。

太田家の騒ぎに気づいた長松さんは「火を見せればクマが近づかない」という考えのもと、薪をくべるように指示を出します。

しかし、家が揺れるような衝撃と共に、巨大なクマが窓を破って侵入してきました。

クマはまず明景ヤヨさんと二人の子供に襲いかかりますが、それを見て逃げようとした長松さんに標的を変え、腰、右股の肉を食いちぎります。さらに居間にいた3歳の子供二人を撲殺、6歳の少年は左の太腿から尻にかけて、骨が見えるまで肉を喰われました。

獣に襲われると聞いたとき、噛まれて殺されることを想像しがちですが、クマは馬や牛を殴り殺すほどの力を持っています。人間、まして小さな子供相手など、パンチ一発で十分なわけです。

クマはさらに隠れていた斉藤タケさんを引きづり出します。

妊娠して臨月を迎えていたタケさんは「腹破らんでくれ!」「喉食って殺して」と悲痛な声をあげますが、クマは腹を切り裂いて胎児をかき出し、上半身からタケさんを貪りました。

結果として4名がその場でクマに殺され、3名が重傷、そのうちの一人である6歳の少年もその後に息を引き取りました。

相次ぐクマの襲撃を受けた六線沢村の人々はなす術がなく、犠牲者たちの遺体を残したまま、下流の三毛別村に避難します。

 

12月12〜13日 討伐隊とクマ

通報を受けた警察の分署長とその部隊が到着します。これでようやく熊を討ち取ることができると思いきや、クマは姿を見せなくなりました。

熊狩りの本部は、犠牲者たちの遺体を餌におびき出して撃ち殺すという作戦を実施します。

現代の僕たちはもちろん、当時の人々の感覚でも尋常ではない考えですし、もちろん反対意見も出たようですが、それだけの危機感だったのだと思います。

しかし、そんな苦肉の策を実施しても、クマはまるで手の内を読んだように逃げてしまいます。

さらにクマは六線村の家々に侵入して家畜や食料を貪り、家具を破壊して周りました。より多くのエサをもとめたクマが、いつ川を渡って避難先の三毛別村を襲ってもおかしくないという差し迫った状況になりました。

そして13日の夜、川に渡してある氷橋という橋の地点で待ち構えていた討伐隊はクマに遭遇します。この時、分署長の指示のもと一斉に熊に発砲し一部は命中しましたが、クマは川岸をひとっ飛びに走り去って、逃げられてしまいました。

 

12月14日 人食い熊を仕留める

川辺にクマの血痕が残っていたことを見た討伐隊は、熊を確実に仕留めるため早朝からクマの足跡を追いました。この時、討伐隊とは別に動いていたマタギである山本兵吉さんが熊を発見します。

山本さんは熊撃ちの名人で、若い頃に熊を刺殺して仕留めたこともあるという凄腕の持ち主でした。

山本さんが熊を発見した際、クマはすでに討伐隊の様子を伺っていて、彼らはそのことに気付いていなかったそうです。

そして、山本さんは20mほどの距離に近づき、大木の影からクマの心臓近くを狙撃します。クマは倒れたのちに起き上がりますが、山本さんはすかさず二発目で眉間を撃ち抜き、人喰いグマを仕留めました。

解剖されたクマの胃の中から、食べられたマユさんが身につけていた衣服の一部や人間の毛髪が見つかったそうです。

 

 

【事件から学べること】

以上が、三毛別羆事件の概要でした。ここからは、今回の事件から学べるヒグマの習性について見ていきましょう。

一度手に入れたものに対して執着する

羆は一度手に入れたものへの執着心が凄まじく、羆に奪われた荷物や襲われた人を奪い返した場合、取り返すために何度も襲ってきます。

今回のケースだと、最初に襲われたマユさんの遺体の一部を、羆は保存食として隠していたと思われます。それを葬儀のために持ち帰ってしまったため、クマは自分の食料を取り返しに太田家を襲い、結果的に明景家の惨劇にも繋がったと言えます。

羆に人が襲われた事件としてもう一つ有名なのが、福岡大学ワンダーフォーゲル部の事件ですが、このケースでも、テントを襲った羆から荷物を取り返したことがきっかけでクマに執拗に追われてしまい、複数の大学生が食い殺されてしまいました。

もし山で羆に遭遇し、何かを奪われてしまったとしても、絶対に取り返そうとしてはいけません。

最初に味を覚えたものを執拗に求める

科学的にどこまで検証されているかは分かりませんが、一度女性を食べたクマは女性を、男性を食べたクマは男性を狙うようになると言われています。

今回のヒグマに関しては、最初にマユさんを襲って以降、子供や男性にも襲いかかりましたが、放置された遺体のうち女性だけが特に食べられていたり、クマが村の家を荒らした際に、女性が使っている衣服や家具が集中的に壊されていました。

これに関連して、熊撃ちとして60頭以上のヒグマを仕留め、晩年はヒグマの調査や防除にも協力した姉崎等さんが興味深い言葉を遺しています。

“ふつうクマは人間を強い動物だと思っているから、人間を襲おうとは思わないんです。しかし、一度クマが人を襲ってしまうと。他愛ないし、力もなく、抵抗もしない、「なんだ恐れていたやつがこんなに弱いのか」ってすごい自信が出るんですよ。そして襲って食べると味も覚える。そうなると人を恐れずに次々と襲うようになります”

つまり、一度人を襲ったヒグマは、その後も人を襲うようになるということです。

もしクマが人を襲ったら、復讐のためではなく、他の人の安全のために討ち取らないといけないのです。

 

火を恐れない

多くの動物は一般に火を恐れるとされています。動物の中で人間だけが火を起こせますし、火は生き物やその住処を焼き払う力があるので、火を持っていると心強いかもしれません。

しかし、今回の件で分かったことですが、ヒグマは火を全く恐れません。

現に明景家では薪を燃やして火を起こしていたにもかかわらず、ヒグマは容赦なく襲ってきました。

人を恐れないクマにとって、火はもはや「ここに餌がある」という目印になる可能性すらあります。

 

行動の時間帯に法則性がない

今回の件、そして別の事件でもそうですが、ヒグマの襲撃は昼夜問わず起こり得ます。

深夜に池田家のトウモロコシを荒らし、太田家を昼間に襲い、明景家を夜に襲撃していることからも分かりますが、羆はいつ現れてもおかしくありません。

昼間だから安心、夜は寝ているはずなどの思い込みを持つと、危険な遭遇をしてしまう可能性があります。

手負いになっても襲ってくる

今回のヒグマは、山本さんに仕留められる前に討伐隊の銃撃を受けており、それよりも古い銃弾が体内から見つかっています。銃弾を少し浴びたくらいでは、その力強さや攻撃性は失われないようです。

むしろ、追い詰められて余計に凶暴になる危険性すらあります。

 

ここからは僕の推測の範疇ですが、今回のクマは人間を餌と思いつつも、銃を持っている人間をきちんと識別して警戒していた節があります。

十人ほども人間が集まっていた明景家を容赦なく襲っているにもかかわらず、銃を持った村人の集団は追い払うにとどめ、遺体を囮にした作戦にも引っかかりませんでした。

動物の知能というものを語るのは非常に慎重にならなければいけませんが、クマは観察眼に優れた頭のいい動物とされており、さらに脅威的な嗅覚をはじめ、人間をはるかに凌駕した感覚を持ち合わせています。

もしかしたら、銃を持った人間とそうではない人間を見極め、脅威でないと判断した人間だけを襲っていたのかもしれません。実際のところは分かりませんが、それくらいのことはやりかねない獣と考えて向き合った方がいいと思います。

 

 

【あとがきにかえて】

最後になりますが、もちろんクマは僕たちの社会を支える生物多様性の一部です。例え今後も被害が続くとしても、彼ら、そして彼らの生息地は守っていくべき必要があります。

また、クマに出会ったからといって必ずしも襲われるわけではありません。なので、今のサメたちがそうなっているように、みんながみんなクマをモンスター扱いするというのは間違いだと思います(もちろんサメをモンスター扱いするのも間違いです)。

しかし、「クマにとって、人は時にエサでしかない」ということも肝に銘じておいた方がいいと思います。

餌やり、ゴミの放置、安易な接近などでヒグマとの関わり方を間違えた時に何が起こり得るのか、安全な都会からクマを殺すなと非難することが正しいのか、こうした事件を知った上で、改めて考えて欲しいなと思います。

 

 

 

投稿者プロフィール
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1992年東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。アメリカ合衆国、ポートランド州立大学に留学。

HPやYouTubeでサメなどの海洋生物・水族の生態を紹介、環境問題の解説を行っている。サメや関連イベント参加、水族館巡り、ダイビング、標本作製などサメや生き物活中心の生活を送る。水族館のボランティアスタッフの経験あり。トークイベントのプレゼンターやライターとしても活動。

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